犬惑星

『ゆるキャラ論』著者・犬山秋彦のブログ

新興宗教勧誘初体験ルポ3

 彫刻刀で切り込んだように細い目を大きく見ひらき、中川という女は芝居がかった手振りで力説した。
 顕正会。公称会員数63万人。南妙法蓮華経を朝夕となえて人々に幸福を分け与えるのだという。S学会とどこが違うのかと言えば、S学会は<南妙法蓮華経>を2回ずつ唱えるが、顕正会は1回。S学会は池田D作という偶像を崇拝する宗教団体だが、顕正会はあくまでも<カテイ法>を実践する思想集団であり政治権力を悪用して世界を牛耳ろうとするS学会とは真っ向から対立しているらしい。今はまだS学会にはかなわないが、毎年1万人ずつ会員は増え続け、新聞広告などによるPRから人々が真理の法に目覚めつつある。21世紀には政府が顕正会認め、国を挙げて<カテイ法>が実践されるだろうと断言した。
 彼女が言うに、世界はいくつかの階層に分けることができるのだという。
 

1 地獄界 
2 餓鬼界
3 畜生界
4 修羅界
5 天上界
6 菩薩界
7 仏界
 
 地獄界は生まれながらにして不運な人々がこれにあたる。努力では抜け出すことの出来ない絶望的な世界で、本人の意思ではどうにもならない。どこへ行ってもいじめられ、家庭不和等で安住の場所すら持つことができない。
 
 餓鬼界は欲望に突き動かされ、常に飢え続けている人々の世界。たとえばバーゲンに群がるオバサンたちや、ホームレス等がこれにあたる。国で言うとアフリカがまさにこの状態。自分の≪運≫を浪費し続け、一生ここから抜け出すことはできない。
 
 畜生界は目先の快楽しか考えずにドラッグやセックスに溺れる人々の世界。刹那的で未来に対する展望もなく、現代日本の若者達の多くがこの獣じみた病に侵されている。
 
 修羅界はプライドばかり高く他人のことなど考えることのできない人々の世界。池田D作やアメリカ合衆国がその典型で、自分のために人を平気で犠牲にするためよけいタチが悪い。
 
 天上界は家族愛に満ちた世界。赤ん坊に対する母親の愛、肉親に対する惜しみない優しさ...一見、幸せそうに見えるが実はただ単に優しいだけで人を成長させる要素は何も無い。
 
 菩薩界は人々に無差別の愛情を注ぐ人々の世界。ボランティアなどがこれにあたる。しかし優しさによって相手を堕落させてしまうことになりかねない。
 
 仏界はどんな悪や偽善に対しても微動だにしない、揺るぎない世界。顕正会が目指すのはココ。

 
 といった感じで微妙な解釈の差異はともかく、昔読んだ「ゲゲゲの鬼太郎の天国地獄なんでも入門」や大川隆法の「太陽の法」なんかと全く変わらない世界観。まあヒンズー教なんかと融合した大乗仏教なんかの世界をそのまま流用してるだけなので「魔神英雄伝ワタル」の階層世界なんかとも変わりがなかったりする。だいたい最上界の<仏界>ってのは何がどう正しく悪や偽善に対抗できるのか語られないあたり、教義としてはかなり弱い。そもそも<南妙法蓮華経>を唱えるとどうしてそんなもんが身につくのか、一体なにがどうしてどうなってそんな強い人間になれるのか? 
 
 彼女も最初は妖しい宗教団体だと、一歩引いて見ていたのだという。しかしある日、顕正会の悪口を言って会館を飛び出した直後、クルマに轢かれて入院するほどの大怪我をした。これは罰に違いないと彼女は思った。最初は、顕正会なんかに関わったせいだと思った。
「だけど違うの。罰っていうのはね、その人が間違った道を歩まないようにっていう、優しさなの...」
 
 結構ぶっとんだ教義を期待していたわりに単なる他力本願な大乗仏教の亜流でしかなく、だんだん飽きてきた僕は「あの、つまんないから帰っていいですか?」と訊ねてみた。相手は顔をしかめながらもこちらの言葉は無視して話を変えた。
 
「ねえ、最近変な天気だよねえ。雨ばっかり降り続いて。これって絶対に異常気象でしょ?」
「いや、梅雨があけてないだけじゃないんですか?」
「だってもう7月なんだよ。こんなの異常だよ、絶対におかしいでしょう? 不景気が続いて山一証券が倒産したりリストラだなんていって人々はおびえて、おまけに北朝鮮はミサイル撃ち込んでくるし、学校じゃ学級崩壊って言って子供達が先生の話も聞かずに授業中立ち歩いたりお菓子食べたりゲームボーイやったりしてるんだよ? それにオウムみたいなテロ集団が最近また復活してきて動き出してるの!!」
まあ、モノは言いようですが……
「今の日本て、絶対変だよ、おかしいよ! 今この国で人々を支配してるのは≪欲・怒り・愚痴≫、これだけ。周りを見渡したって若者なんて茶髪でちゃらちゃらして将来の目標もなく今が良ければいいやっていう刹那主義ばっか。北朝鮮がミサイル撃ってきてるのに“テポドン? 何それポケモン?”とか言っちゃってる平和ボケした日本人ばっかでしょ? このままじゃこの国は絶対に滅びるよ」
 ポケモンのとこだけ、ちょっと笑ってしまいそうになった。
阪神大震災もそう。あれは何故起きたか知ってる? 神戸ってねえ、S学会員が多いの。それに池田D作は第二のバチカンだなんて言って神戸に50億もかけた大きなホールを造ったばかりだったの。日蓮大聖人が残した<南妙法蓮華経>を捨てて自分を拝ませるための聖地だったの。これもみんな≪欲・怒り・愚痴≫の象徴でしょ。それが一夜にして崩壊したの。地震で。もう見るも無惨に修復の施しようもないくらいに崩壊したのよ。50億かけて作った聖地を解体するのに5億かかったの。まるでバベルの塔でしょ? ねえ、そう思わない!?」
「はあ……」
 ちょっとおもしろくなってきた。
「仏教には≪末法≫という考え方があるの。やがて仏法の力が失われて荒廃した世界がやってくる。その時を≪末法の世≫と言うんだけど、まさに今がその≪末法の世≫なの。ノストラダムスとかみんなも言ってるでしょ。だけどね、こういう荒んだ社会でこそ、日蓮大聖人の教えが光り輝く時なのよ。日蓮大聖人の遺言を守ってるのは私たちだけなの。池田D作の間違った教えが世界を滅ぼすのは目に見えてるの。だから立ち上がらなければならないの。みんな目覚めないといけないの。<南妙法蓮華経>の中には≪蓮華≫という言葉が入ってるでしょう。これは花の名前でね。この花は泥の中に咲くの。ドス黒い泥の中からキレイな花をスーッと空に向かってまっすぐ咲かせる花でね。仏法もこれと同じなの。世の中が汚れていれば汚れているほど、キレイな花を咲かせることができるはずなの。 ≪末法の世≫にこそ日蓮大聖人の教えが必要なの!」
 
 ふと窓から外の風景を見るとあいかわらずボーッとした顔で通り過ぎる歩行者の波が流れて行くばかり。日本は平和だと、つくづく思う。今の社会が理想だとも思わないが、こんなところで世界の滅亡と救済の淵につきあっていると、ガラスの向こうも、この中川という女の語る崩壊寸前の世界も、どちらも空々しく感じられてくる。まあおもしろそうなので、できることなら世界の滅亡と救済の場面をこの目で見てみたいものだ。そういう現実を選んでみるのも一興かもしれない。どうせ普通に生きていたって酒飲んでピンサロ行ってミント臭いキスを浴びて金ばらまいて、たまにクスリをやっても酒に酔うのと同じくらいの陶酔しか味わえない。翌朝の虚脱感と具合の悪さを考えればドラッグなんて割にあわない。それより変な呪文唱えて世界を敵にまわした方がどんなにエキサイティングだろう。
 ただ残念なのはこの中川って女が美少女でもなく、顕正会とやらの教義もさほど狂ってないってところだ。いまいちおもしろくない。あまりデカい声じゃ言えないが、僕たちはやはりオウム的なものを背負って生きている。もしかしたらあいつら、結構楽しんでいたんじゃないかと今でも思う。たぶん今時、世界を救うためになんて宗教をはじめる奴は居ないだろう。メサイヤ・コンプレックスは流行りじゃない。人の心を惹きつけるには娯楽や世界を滅ぼすなんていう大義名分が必要だ。顕正会にはオウムの様な遊戯性が欠けている。僕も日本の全国民すべてがあなたたちの理想通りに染まったらさぞかし平和な世界が実現するだろうと思うよ。
 
 だんだんネタも尽きたようだったし、いい加減、話にも飽きたので、
「帰るね」と一言言い残し、千円札をテーブルの脇に置いて店を出た。おごってもらおうとも思ったが、貧乏くさい宗教団体の信者じゃさぞかし金に困っているだろう。そんなことで根にもたれてもこっちが迷惑だし、追いかけてきて道端でしがみつかれても困るので、彼女が勘定をすましている間にビルの隙間を抜けて姿をくらました。中川という女は「ああ……」と情けない声をもらして哀しそうに目を細めた。怖い顔して「罰があたるわよ」とか言われた方がよっぽど笑えるし、期待していたのだが、彼女はじっと黙ってこちらを見つめているだけだった。