犬惑星

『ゆるキャラ論』著者・犬山秋彦のブログ

新興宗教勧誘初体験ルポ2

 二日酔いで寝ていた土曜日の朝、中川と名乗る女から再びPHSに電話がかかってきた。今から会えないかという。ちょうど祖母の実家に行って来た帰りなので池袋が近いのだが良いかと、かなり図々しい。相手のテリトリーに潜り込むのはかなり危険な気もしたが、とりあえず面白そうなので承諾してみた。場所は西武口・マツモトキヨシ前の富士銀行でいいかと言うので、妙な処を選ぶモノだと思いつつもOKする。時間はちょうど昼飯時だった。飯でもおごってくれるのだろうかと淡い期待を抱きつつ、相手を待たせるつもりでゆっくりと用意し、部屋を出た。

 電車の中でいろいろと妄想する。同窓生なのだから地元で待ち合わせても良さそうなものだが、池袋という中途半端にいかがわしい土地を選ぶ辺り、やはり素人とは思えない。事務所か何かがあるに違いない。しかし、妄想性の精神疾患という路線も外せない。
 待ち合わせ場所はすぐにわかったが、本当に相手が自分の知っている顔かどうか確かめるため、PHSの電源を切り、銀行前を素通りして相手の顔を確かめる。入り口のところでポツンと立ちつくす女性がひとり。あれに間違いないだろう。わざと目を合わせたが気づく様子はない。それにしても野村幸代似の激ブス女だ。眉毛が薄いのでちょっとマロっぽい。顔を見てそのまま帰ろうかとも思ったが、人間をブスとかデブとか見た目で判断してはいけない気もする。もしかしたら、めちゃくちゃ性格美人かも知れない。とりあえずPHSの電源を入れてみると案の定、すぐに相手からかかってきた。「今、池袋についたとこだよ」と嘘をつき、戦地・富士銀行へ突入。一般客にまぎれて彼女を無視しつつ進んだが、「あ、秋彦クン!? ひさしぶりー、変わってないよねー」と馴れ馴れしく近寄ってきた。もしかしたら卒業アルバムとかで顔をチェックされてたのかも知れない。

 何か食べようかと歩き出す。富士銀行を待ち合わせ場所に選んだのに深い意味はなかったようだ。わざと相手が向かう方向とは別の方に足を向けてみてどこか目的地があるのかどうかうかがってみたが、特にそういうこともないらしく、適当なパスタ屋に入ることになった。僕はスパゲティを頼む。彼女はアイスコーヒーでいいと、何も食べない。とりあえず腹が減っていたので、雰囲気が険悪になるまえに平らげておこうと、適当に相づちをうちながら加速度的に喰いまくる。小学校時代の話をすると、確かに先生の名前も知っていたし、同じ学校に通っていたことだけは事実らしい。
 しかし「やっぱあなたのこと思い出せないんですけど」と牽制してみても、やはり無視される。どかで会ったことがあるか、それはクラブか、委員会か、それを訊ねても、「学校で」としか言わない。なるべく小学校の話ではなく、それ以後何をやっていたかという話に持っていこうとする。態度にも不自然さが出てきた。
 
「でもさあ……≪運≫って、あるよね……」
 彼女が突然、切り出してきた。やはり宗教の勧誘だったか。
 僕はそんな彼女の態度に気づかないふりをして、わざと話をそらす。それでも懸命に話を「≪運≫ってあるよね」という方向に持っていこうとする。
 あげく「ちょっと、語り入っちゃうけど、人生の目標ってある?」と来た。
 
「人間て努力次第だって言うけど、やっぱり≪運≫てあると思うでしょ。夢や目標がかなうためにもそれは必要だし。努力は絶対に実るとは限らない。人間て無条件に誰からも愛される時期って赤ちゃんの時くらいじゃない? 大人になったら、着飾ったりして愛されるように努力しないといけないし。それはね、人の≪運≫には絶対量があるからなの。
カテイ法っていうのがあるの。人の≪運≫ていうのには絶対量があって、普通はそれを使ってしまうとどんどん減ってしまうんだけど、それを自分の努力でどんどん補充するとっても素晴らしい方法なの!!」
 完全にスイッチが入っってしまったらしく、こっちの態度も無視して語り続ける。ベタな展開ではあるが、宗教の勧誘というモノに出会ったのは初体験なので面白くもある。中川と名乗る女性は、さっきまでの不自然さはどこへやらで、女優の気品がみなぎっている。
「これをやれば自分の願いは全て叶って、回りにいる人達まで幸せになれるっていうとても素晴らしい方法なの」
「それって宗教ですか?」と訊ねると「うううん、カテイ法は宗教じゃなくて法則なの。カラダには色々な健康法があるでしょう。カテイ法もその一種みたいなもの」と、まあ宗教の勧誘が言いそうなことではある。
「でも、それをやってる組織みたいなのがあるんですよね? 具体的には何をどうする団体ですか?」「ケンショウカイって言うの。南無妙法蓮華経を毎朝毎晩唱えて≪運気≫を養うの」
「漢字でどう書くんですか? 今、信者の数は?」
 教義より組織に興味を示すような質問をしてみると、相手はちょっとひるんで不愉快そうな顔をした。
「顕微鏡の<顕>に正しい会と書いて顕正会。信者じゃなくて会員数は今日本で63万人。でも毎年一万人ずつ拡大してるの。オウム真理教とか、今日本には何万と宗教があるけど、みんな弱体化してるでしょう。そんな中でここまで急速に会員数を拡大してるのは顕正会だけなんだよ。それって、やっぱみんな正しいモノを見定める目を持ってるってことだよね」
「S学会とは違うんですか?」
 日蓮宗の系統はみんな対立しているという程度の知識はあったので、わざと訊ねてみる。案の定、相手は眉間に皺を寄せ「S学会とは全く別!!」と頑なに否定した。
「本来、志を共にした仲間だったんだけどあそこは日蓮大聖人の法を悪魔に売り渡してしまったの。今、日蓮大聖人の遺言を守って正しい道に人々を導いてるのは私たちだけ」
「でも、勤行唱えて、やってることは同じじゃないの?」
「うううん、一見同じコトをやっているように見えても本質は全く違うんだよ。S学会はK党を使って政治権力を握ろうとしてるし池田D作は自分の欲望のままに日蓮大聖人の残した南無妙法蓮華経というお題目を悪用してるじゃない!」
「でも、その自分の願いが叶う法ってことじゃ、池田D作だって権力が欲しいと願って勤行したから夢がかなったんでしょう。利益があったってことじゃないですか」
「例えば同じ包丁でも料理を作るためにも使えるし、人を殺すためにも使えるでしょう。池田D作は、人を殺すために包丁を使っているの」
 そこで僕は「あの、実は僕、S学会員なんですけど」とうそぶいてみた。身近に信者がいたので結構詳しい。すると相手は目を細めて。「ごめんなさいね、悪口を言うつもりはないの」謝った。
「でも、S学会をやってる人はことごとく不幸になるの。池田D作の息子は28歳という若さで変死してるでしょう。間違った法を実践しているとどんどん人は悪い方へと導かれていくの。S学会に入って事業に失敗した人、病気が悪化した人、家庭不和で自殺した一家、毎日毎日一生懸命勤行してたら、顔が曲がってしまったなんて人もいるのよ」そりゃすごい。でも、中川さんの顔もちょっと曲がってる気がした。