犬惑星

『ゆるキャラ論』著者・犬山秋彦のブログ

新興宗教勧誘初体験ルポ1

 中川と名乗る女性から電話がかかってきた。
 どうやら僕の通っていた小学校の同窓生らしいのだが、記憶にない。それで「誰ですか?」と聞き返してしまった。
 
「あたしのこと覚えてない? そうだよね。学年も違ったし無理ないよね」
「1コ下?」
「違うよ。1コ上。ターザン公園とかで遊んだじゃない。本当に覚えてない?」
 
 ターザン公園という具体的な地名を出してくる辺り、かなり信憑性もあるし、確かにその公園にはよく行って遊んでいた記憶はある。しかし中川なんて女の子は知らない。
 そもそも昔から人付き合いの悪い方だったので、学年の違う女子の知り合いなんて居ようはずもない。
 
「こないだ小学校時代の友達とかと会って、話してて、そういえば秋彦クンどうしてるのかなって思ってさ。久しぶりだね!」
「ああ、そうですね」
 
 気のない返事をしても、相手はあえて僕が彼女のことを思い出せていないという事実を無視しているかのように、はしゃいで話す。セールストークというほどよどみなくしゃべるわけでもなく、どこか不器用さのただよってくるような声はこちらを油断させる効果があるらしい。
 それに乗せられてつい、なんだか懸命に有りもしない昔の記憶を掘り起こそうとしてしまう。いくつもの断片をつなぎ合わせて、相手の顔を思い出そうとする。すると段々、一回くらい、遊んだこともあるかも知れないという気がしてくるから不思議だ。デ・ジャヴというやつとは逆で、無かったことを思い出しているわけだから、これは記憶の捏造に他ならない。
 心当たりを一つずつ消去法的に消していく。やはり一個も残らない。電話の相手は知らない人だと結論づけるが、じゃあ誰なんだ?
 
 たぶんどこかでクラスの名簿が出回っていて、何かの勧誘をしているところなのだろう。そういえば電話詐欺やナンパの手口で「オレ、誰だかわかる?」と電話をかけた相手に問い、相手が最初に口に出した相手になりすますという高等テクニックがあるらしい。高校時代にも、夏休みクラスの女子から電話をもらいルンルン気分で会いに行ったら宗教の勧誘だったなんて話を聞いたことがある。
 
 それにしても話は勝手に盛り上がっている。知らない者同士なのに、なぜか懐かしがる。「今、何してるの?」などという話になっていく。
 アタマでは詐欺だろうと思いながらも、心のどこかでまだ割り切れていない。相手が神経症か何かで、ちょっと廊下ですれ違っただけの美少年を思いだし、電話をしてきたという線もアリかな、とあらぬ妄想が駆けめぐる。相手が嘘をついているのか、自分が思い出せないだけなのか、アタマの中には史実とは別次元の小学生時代の思い出が浮かび上がり、そこで作り上げた彼女との6年間の思い出が次々と量産されていく。もしかしたら一緒に缶蹴りをやったり駄菓子屋でデートしたのかも知れない。そういえば夕暮れ刻、二人でブランコに乗ったあの娘かも知れない。一緒に美化委員で掃除したっけか?
 
 無難な話を数分して何故か今度会おうという話になった。そんなにヒマでもないので断ったが、おもしろそうでもあるので携帯番号だけ教えて「それじゃ、またいつか。おやすみなさい」と言って電話を切った。相手はPHSをトイレに落としてしまって今、壊れちゃってるからと、自分の身元を明かさなかったところなんか怪しすぎるが、その話にまた具体性があってなかなか説得力があった。そういえば清涼飲料水を販売してる会社で事務をやってるとか言っていた。派遣社員らしい。ラブホテルに誘い込んでマムシドリンクでも売りつけてくるつもりか。あるいは、ラッセンとか天野喜孝シルクスクリーンなんか売りつけられるのかも知れない。ヒマがあったら一度くらい会ってみたいものだ。何を売りつけられるか楽しみでもあるし。オウム信者だったりするとなおさら面白い。