犬惑星

『ゆるキャラ論』著者・犬山秋彦のブログ

シンデレラ城

「埋立て地に潮風の吹くディズニーランドなんてわびしくってイヤ。セコい埋立て地なんてやめにしてランドを海に沈めちゃえばイイ。そしたらシンデレラ城もきれいで楽しいだろうに!!」
 
新文化人 16歳 山崎まどか
『鳩よ!』 昭和61年9月号 特集「少女世界は夢みて過激!」

 
 やがてシンデレラ城は海底に沈むだろう。核戦争や自爆テロや、この世の終わりが来なくても、それは確実に訪れる未来の光景だ。舞浜は16歳の山崎まどか嬢が言うように身も蓋もなく埋立て地であり、地盤が弱い。そのため本国アメリカにあるような、一度迷い込んだら抜け出せなくなるような地下トンネル網も作ることができなかったというし、それはいくら補修しても次々にひび割れる地面を見ても明らかなことだ。そして現に、シンデレラ城は毎年数ミリメートルずつではあるが傾いている。人類が滅び数億年の月日が流れた時、舞浜を訪れた異星人は水面下にキラキラと輝くシンデレラ城に目を細めるだろう。
 
 東京ディズニーランドのシンボルであるシンデレラ城と、東京ディズニーシーのシンボルであるプロメテウス火山はともに51メートルで同じ高さであるなんていうトリビアや、シンデレラ城の時計の下に掲げられた紋章はディズニー家の家紋であるとか、城の中央をつらぬく通路の壁面に飾られたモザイク画の中には時価数十万円の本物のクリスタルが隠されているなんていう情報は、講談社が発行している公式のガイドブックを参照してもらえば済む話なので、ここではあえてさらりと流しておく。
 
 この城は『シンデレラ城』と呼ばれているが、そこにシンデレラと王子は住んでいない。彼女とその愛する王子の肖像は薄暗い大広間にタペストリーとして飾られているのみで、もはやその姿はどこにもない。バックグラウンドストーリーで定められたこの城の主は、領地の人々を尊重し幸福をわかちあう温厚な人柄で、おとずれる者はすべて王侯貴族のようにもてなすという奇特な人物らしい。しかしそんな彼の栄光さえも過去の遺物に過ぎない。一歩この城に足を踏み入れれば悟るだろう。ご存じのように、この城を支配しているのは魔女や地獄の釜の番人やゴーストたちだ。
 もともとは城の中にレストランを作る計画もあったようだが、地盤が弱いため食料運搬の地下トンネルを掘ることができず断念された。
 
 いくつもの尖塔をもつ優美な姿は、劇中のシンデレラの城と、フランスのフォンテンブロー、ベルサイユなどの宮廷建築やロワール河畔に点在するシャンボール城、シュノンソー、ショーモンなどヨーロッパに実在するお城からインスピレーションを得て、複数の城から魅力的な要素を組み合わせ、さらにオリジナルのアイディアを加えて、新たにデザインされた。見上げれば動物の顔をかたどった水落がいたるところに付いているが、これら動物を象った装飾は中世ヨーロッパでは魔よけとして城や教会で使われた。ホンテッドマンションの入り口を守護しているガーゴイルの様なモノだ。
 ところでこの城の外観をようく観てみると、様々な建築要素を盛り込んだだけではなく、意図的に時空間を越えた造りになっている。基部は中世ヨーロッパの城のように要塞風なつくり、上部にいくに従ってより優しく優美になり、中世の城からルネッサンス風の城に至る変遷を見せる。つまり下から上に向かうほど、過去から未来へと時間軸が流れてゆくのだ。そして頭頂部の屋根が金色に塗られているのは、天国のウォルトがこの城をすぐに見つけられるようにという配慮だという。この城は過去への郷愁と、やがて人々が帰ってゆく死の世界、天界や宇宙空間といった抽象世界への接点となっている。だからこそ太古の世界、西部開拓時代、おとぎの国、未来都市といった矛盾した風景の中心部に位置してなお違和感なく鎮座することができるのだ。
 
 シンデレラ城の建築様式に直接の影響を与えているわけではないが、本家アメリカのディズニーランドの中心部にそびえる『眠れる森の美女の城』のモデルとなったノイシュヴァンシュタイン城は、この城を構築する思想的な背景の礎となっているに違いない。渋澤龍彦が『ヨーロッパの乳房』の中で描くノイシュヴァンシュタイン城の姿は、まるで『シンデレラ城』の奇形的な外観と魔空間と化した城内の矛盾した姿を物語っているようだ。
 

 遠くで観ると、それは童話のお城のように美しいが、一歩内部へ踏み込んでみると、その印象はおのずから違ってくる。一口にいうならば、それはありとあらゆる様式の混乱、様式のごちゃまぜなのである。一種のバロックかと思えば、まるでアラビアン・ナイトの物語の城のように、明らかな東洋趣味、イスラム様式が混っていたりする。古典的な趣味の持主には、この俗悪とも思えるほどの折衷様式は、鼻持ちならず、とてもやり切れないものであろうと想像される。神経症的幼児趣味とでもいおうか。
 
 『ヨーロッパの乳房』渋澤龍彦

 
 このノイシュヴァンシュタイン城の主はバヴァリアの狂王ルートヴィッヒ二世である。指摘する者は少ないが、ウォルトとルートヴィッヒ二世には似たような共通項が数多い。その奇人ぶりはもちろんのこと、幼児性と一種のパラノイアにおいても共鳴している。 ルートヴィッヒ二世の作ったもうひとつの庭園リンダーホフはヴェルサイユ宮殿の猿真似に過ぎないと揶揄されているが、その中に作られた洞窟のイメージはディズニーランドのアトラクションそのものだ。人工的に作られたカプリの有名な青い洞窟、そこにローレライ岩礁を配し、貝をかたどった王座が据えられている。水面を白鳥が泳ぎ、そこをルートヴィッヒは親友ワグナーの面影と共に金の小船で進んでゆく。
 リンダーホフの洞窟のインスピレーションをルートヴィッヒに与えたのはパリの万国博覧会に展示された水族館だったという。ディズニーランドの『クリスタルパレス・レストラン』といい、今は亡き『ヴィジョナリアム』で描かれたパリ万博の水晶宮といい、ディズニーランドに限らずあらゆるテーマパークの原点が科学や文化、異国情緒の寄せ集めである万国博覧会に集約されるのは間違いない。その最たる象徴が現世と冥界をつなぐ、このシンデレラ城なのだ。
 
 滅び朽ち果てることの約束されたモニュメント、シンデレラ城。やがて東京湾に氷河期がおとずれ、その優美な姿は永遠を約束されるだろう。