犬惑星

『ゆるキャラ論』著者・犬山秋彦のブログ

発掘 幕末の陰謀

発掘 幕末の陰謀

  • 作者: 陰謀の幕末史研究会,やまざきまこと,瀧玲子,田中ひろあき,丸山幸治,犬山秋彦,川上隆青,成馬零一
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2009/12/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ひとつ、具体例を挙げてみる。
今回僕は『発掘 幕末の陰謀』という本の中で、
龍馬暗殺に関するマンガ原作を担当した。
しかしすでに考察の類は出尽くしているし、
事実関係を羅列しただけでは面白くない。
やまざきまこと先生という大御所の漫画家さんに担当して貰う巻頭ページということでプレッシャーもあった。
そこで随分と煮詰まってしまったのだ。
 
マンガ原作は調子が良ければ半日、
歴史モノは資料の整合性などの手間があるので2,3日掛かる。
しかしその時は、3日ずっと考え続けてもアイディアが浮かばなかった。
なんとなく維新後、明治時代のジャーナリストが過去を振り返りながら龍馬暗殺の謎に迫るという「あらすじ」だけは出来ていた。
しかし、モデルになるようなジャーナリストも見つからず、話として盛り上がるような展開も思いつかずにいた。
そこでちょっと気分転換にと、妻と犬を連れて深大寺へそばを食べに行くことにした。
深大寺は犬OKな店も多く、愛犬家にとっては有名な観光スポットなのだ。
愛犬をキャリーケースに入れて京王線に揺られること数分、途中で「芦花公園」という駅を通った。
その時にふと、妻が「そういえば芦花って明治時代の作家なんだよ」みたいなことを言い出した。
恥ずかしながらその時、僕は徳冨蘆花の名を知らなかったので、「ふ〜ん」などと言いながらケータイでwikiを検索してみた。
若い頃にはジャーナリストで、『不如帰』という小説を書いたらしいということがわかった。
「まあ、今回の探偵候補として悪くない。でも、イマイチ華がないな……」
そんなことを思って、その時はすっかり忘れてしまっていた。
 
さらに翌日、犬のエサが切れたので洗足池のコジマへ買い出しに行った。
そのついでに勝海舟の墓参りをすることにした。
幕末の本ということで、かなり世話になっている。
先に書き上げた中村半次郎のマンガ原作にも登場して貰ったということもあり、お礼の意味もあった。
子供の頃から家が近所だったということもあり、実は海舟の墓には行きなれていた。
場所もよくわかっている。
だから普段は案内図など見もしないのだが、その日はなぜだかふと地図に目がいった。
すると、勝海舟の隣に「徳富蘇峰詩碑」と書いてある。
そこで前日気になった徳冨蘆花と記憶の中でリンクした。
「あれッ? 兄弟か何かかなぁ…」
すかさずwikiを確認すると、まさに兄弟。
しかも『國民新聞』というのを発刊して、権力ともかなり濃密に結びついていたらしい。
その瞬間、直感的に「これでいける!」と思った。
 
それから図書館に行き、amazonで関連書を買い集め、ネットで検索もした。
弟の蘆花は明治期のかなり初期に探偵小説を書いてることもわかった。
兄の蘇峰は板垣退助とも親しく、山県有朋など権力と深く関わっていた。
しかも『蘇翁夢物語』には勝海舟の邸宅内に居候していた頃の思い出話などが書かれている。
こんなに都合の良い狂言回しもいないだろう。
当初は板垣退助谷干城をメインに据えて、とことん新政府軍のダークな部分に切り込んでいくという物語を構想していたが、32ページでは分量的に無理なことに気づき、結局は今回のような感じにまとまった。
 
誌面の関係ですべては語り尽くせなかったけれど、少年探偵蘆花と、ジャーナリスト蘇峰、それを見守る勝海舟という配置はなかなか絶妙だったと思う。
しかもやまざきまこと先生のキャラクターデザインが秀逸で、龍馬も格好いい。
 
芦花公園を通った翌日に蘇峰の碑を見つけるというのは、いくらでもオカルト話に転じることができるだろう。
しかし、そもそも幕末をテーマにした本を執筆中にそのネタを探していたのだから、これは偶然ではなく意識的な検索の結果だ。
だいたい歴史的背景というのはどこにでもあって、都内を散歩しているといたるところに幕末に関わる案内を見つけることが出来る。
 
ネットの検索も悪くはないが、ある程度「当たり」をつけて検索しなければ有力な情報が引き出せないので「確証バイアス」がかなり掛かりまくってしまう。
結局は、自分の意図した情報にたどり着く可能性の方が高いだろう。
日常生活にムリヤリな関連妄想を持ち込むと、意外な情報を拾えることがある。
 
だいたい歴史モノは人物を配置すると、それぞれのキャラクター固有のエピソードというのが有機的につながってくる。
今回の場合は、徳富兄弟が物語の後半でちょっと対立するのだが、これは後に絶縁する二人を示唆している。
ちょっと生真面目な蘆花と、権力と結びついて政府の御用ジャーナリストに成り下がってしまう蘇峰との前哨戦みたいなものだ。
 
この二人の物語は、機会があればまた連作していきたい。
明治の混迷期には、まだまだ多くの謎がある。
井上圓了にもご登場願って「こっくりさん」をテーマにした話なんかも考えている。
龍馬暗殺に関しても、もう一本くらい書けそうな気もする。
 

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↓これまでマンガ原作などを担当した本をまとめてあります
http://booklog.jp/users/dogplanet/All?display=front&category_id=1012020