犬惑星

『ゆるキャラ論』著者・犬山秋彦のブログ

演劇実験室◎万有引力『螺旋階段』

 舞台の中央には黒い帽子に黒いブラウス、黒いスカートの女性がうずくまっている。
 やがて彼女は目覚めるように動き出し、手のひらに乗った目に見えない何かに息を吹きかける。その見えない「何か」は客席の至るところにバラまかれ、彼女は不気味な笑みを浮かべる。手には「ワタシハアナタノ病氣デス」と白いペンキで書かれたトランク。J・Aシーザーの妖しげなBGMが最高潮に達する時、観客はこれから始まる物語を予感する。
 
 家出を推奨し、安穏とした日常を襲撃する市街演劇をくわだて、若者を先導したアングラ界の王者・寺山修司。その遺伝子を色濃く受け継いだ、「演劇実験室◎万有引力」の公演を観てきた。
 万有引力は初体験で、しかも観劇自体が久々だったので恐る恐る席についたが、思いの他なごやかで居心地の良い空間だった。
 世界観をひとことで表現するならば、「無数に複製コピーされた全身剃毛のイケてない大槻ケンヂと、これまた無限増殖した妖怪人間ベラが舞台上で縦横無尽に繰り広げる群像劇」といったところ。あるいは森本晃司の作るアニメーションから色彩だけを抜いたようなキッチュな世界。
 
 アングラというのはもはや個人的な性癖みたいなものなので、オタク文化や萌え文化のように「日本が世界に誇る文化ですよ!」と市民権を得るため闘争したり、布教活動しようなどとは思わないけれど、やはり自分はこういうのが好きで好きでたまらなのだと確信した。
 
 なぜドングリまなこの不思議少女や、前髪の長い文学少年がアングラに走るのかといえば、それは逆説的にいえば「理解されたい」・「愛されたい」と願っているからだ。誰かに自分のことを知ってもらいたいからこそ、理解を拒む。不可解な言葉やイメージの連鎖をマシンガンのように掃射して、観客や友人に突きつける。難解なハードルを乗り越えてなお、わかりあえる仲間を求めてアングラ少年少女は孤独に身をひたす。
 
 暗闇に身を置きながら、輝かしい光を求めて手をのばす。それがアングラの根源だと思う。
 ポケモンの生みの親である田尻智の一番好きな映画が『ピンク・フラミンゴ』だったりするように、理解を拒む暴力的な作品が時に人を駆り立て、創作意欲に火をつける。そして何らかの影響下のもと、大衆の指示を受けるメジャー作品に昇華する。かえって「理解してもらいたいけど、理解されない」というジレンマがあるからこそ、確信犯的に「愛されよう」と悪あがきする。闇の中から目を細めつつまぶしい光をのぞきこむからこそ、見えてくるものがある。「愛」というのは目に見えない。実在するかしないかも定かでない。だから「愛」を求めるという行為は、限りなく犯罪的で、詐欺まがいだ。そして、闇に包まれた舞台の上に存在しないはずの何かが見えたと観客が言い出したら、それは妄想性の精神疾患に他ならない。
 
 創作家はみんな病気で犯罪者。観客もまた同じ病におかされた患者であり、あわれな犯罪被害者でありながら共犯者なのだと思う。
 

◆演劇実験室◎万有引力(PC用)
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◆演劇実験室◎万有引力(モバイル用)
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