犬惑星

『ゆるキャラ論』著者・犬山秋彦のブログ

映画『裸の十九歳』

 
図書館でビデオを借りた。
モノクロ映画だった。モノクロには「きっと退屈で寝る」という偏見があったのだけれど、まったくそんなこともなく、面白かった。
 
最大の見所は若かりし頃の原田大二郎オーケンそっくりなのと、音楽がジャズギターとジャズピアノの組み合わせで妙にエレクトリックで、なんだか今サントラを発売したら渋谷系とかシモキタ系とかなんたらポップとか、とりあえずヴィレッジヴァンガードに平積みされるんじゃないかというくらいに斬新でオシャレだったこと。
 
新藤兼人監督の『裸の十九歳』は、連続少年射殺魔事件をモチーフにしたフィクション映画で、多少美化されているものの当時はリアルだと共感されたものらしい。実際の少年犯罪を題材にした映画として『青春の殺人者』や『コンクリート』と並び称されているらしいが僕はその存在を知らず、借りたのは偶然だった。
 
今にして思うと永山則夫というのは少年犯罪史上、わりとまともな方だったんじゃないかと思う。貧困と差別という抑圧を受けながらも集団就職で東京へやってきて、こらえ性ががなく職を転々とするもののいちおう仕事はまともにやる、密航や窃盗などすこし方向性がズレているとはいえ実行力があって積極的に新しいことにチャレンジする精神を持っているし、1960年代後半という時代の狂騒に飲まれつつも恋愛に参加する能力も欠けていはいない。そして何より、常に向上心を失わない。変態性欲だとか、人を殺す経験がしてみたかったとか、引きこもって親を逆恨みしてとか、そういう妙に歯ごたえの軽いスナック感覚の少年犯罪に比べれば共感できる部分もある。社会生活に参加している分、ダメさ加減は低いのだ。考えてみれば、家に籠もり家族の保護を受けて暮らすなど夢のまた夢の時代だったのだからあたりまえなのだけれど、書物の中に登場する永山則夫の記述から僕は勝手にかつての自分みたいなネクラ人間を想像していた。それと、時代背景が高度経済成長期なだけに、おそらく今の不況を知っている自分らからすると映画そのものの暗さは半減している。たしかに北国で博打打ちの父に裏切られ、母に捨てられる場面では貧困の切実さを痛感するが、「金の卵」として上京して以降は好景気だった頃の日本が描かれている。永山は失業しても失業しても、就職先に困らない。今のニートや引きこもりの問題の何分の一かはおそらく自分の手で金を稼げないことの辛さから来ているんじゃないかと思う。労働の対価として受け取る金は、生活そのものの為に必要であるとともに、自分が社会から承認されているという証拠でもある。どんなに偏見と差別にさらされようと、永山が積極的に社会へ飛び出そうと奮闘努力できたのは、経済的な承認がまんべんなく国民に与えられていた高度経済成長期ならではの特権なのではないかと思う。少なくとも、当時の東京にはそれがあった。今の二十代から三十代は社会に出る以前の、就職活動の時点で挫折して自信を喪失し、臆病になっている帰来がある。
 
津山三十人殺し」が元祖・引きこもりだとすれば、永山則夫は元祖・セカイ系なのではないだろうか。漠然として尊大な野望を抱いているが為に、日常の些末な出来事に耐えられない。フルーツパーラーに就職しても、友人がバーに再就職して給料以上に高額なチップをもらうのだと吹聴すれば、そっちに心が傾く。ココではない何処かを目指してアメリカ行きの船に密航して失敗したり、常に教科書を持ち歩き勉学への意欲を見せ続ける。輝ける未来を夢見て、現在進行形の退屈な生活を完全に捨て去ろうとしているようにも見える。能力が劣っているわけでもないのに職を転々とするのも、すぐに反論して人を怒らせてしまう傲慢なプライドも、今を飛び越えて視点が「ありもしない薔薇色の未来」にばかり向いているからだ。だから絶望だけが先行する。そんな彼が家に閉じこもらなかったのは社会以上に家庭の居心地がわるかったからだろうし、社会がそんな彼を抑圧しながらも生かしておけるほどに裕福だったからこそ「この物語」は成立していたに違いない。
 
映画の中では永山の役どころは山田道夫という仮名になっている。その山田道夫以外の人間の方こそが狂っているように描かれる。その歯車の狂い方というのも、ひとりひとりのズレ方は微々たるものだ。貧困・偏見・博打・セックス……どれも「殺人」という社会的逸脱にまで至らない程度の小さなズレが、積もり積もって山田道夫の周囲に狂った社会を形成する。なんだかこの映画を観ていると、北国の人はセックスばかりしててレイプが基本であるかのような錯覚を受ける。いやいや、それは極端にしてもかつての日本の性的なおおらかさというのは実はこういうことであって、女子高生コンクリート事件の犯人やスーパーフリー和田真一郎のやっていたことって、彼らがたまたま逮捕されてしまっただけで日常的に行われていることなのかも知れないなどと怖い想像をしてしまった。いや、妻の世代は連れ去りなんて日常だったらしいし、いまだに千葉の方ではそういう話をわりと聞く。自分に見えてこないだけで、そういう文化はいまだに確実にあるらしい。さらに、60年代の新宿ではマリファナと乱交が日常茶飯事だったようで、当時の記述を読むとけっこう出てくる。渋澤龍彦も自宅に友人を招いて自分の妻を裸にしたりして余興として楽しんでいたというエピソードがあったはずだ。当時のフーテン文化ってそんなだったのだろう。今だってちょっと前までクラブ文化=ドラッグ文化みたいなところがあったし、今はすっかり通販と自宅栽培で見えにくくなってるけど、確実にドラッグは蔓延してるし性的な奔放さは大学サークルとか合コンとかに継承されているらしい。合コンなんて行ったことないから知らないけど。だとしたら、ごく普通の平均的な日常っていったいどこにあるんだ? 東京のごく一部、セレブとかが住んでる白金とか田園調布あたりか?
 
永山則夫に同情的になってしまうのは、なんとなく自分に似ているからだろうとも思う。低学歴で実力もないくせに向上心とプライドばかり高いあたりが。しかも、永山則夫の怯え方、スピッツがきゃんきゃん吠えるような、エリマキトカゲが敵を威嚇するためにエリを広げるような銃の発泡の仕方というのはすごくよくわかる。思春期のこころもとなさを思い出すと、自分も犯罪スレスレだった。そのヤバさがよくわかったからこそ、自分自身を説き伏せるための理論武装を必要としていた。結局、かつての自分みたく「なんで殺しちゃいけないの?」みたいな質問をしてくるヤツと同じ土壌で議論などできはしない。自分にとって大切なものを見つければ、それを傷つけられないための防衛策を講じる必要が生じる。そして、あれこれ悩んでいると、結局相手が自分を殺そうと刃物をもって突き進んでこようが、核兵器のボタンを掌握していようが、せめて自分は相手と同じ土俵で闘うことだけはやめよう、まずは自分自身が他人を殺さない生き方をしようということになる。銃のトリガーを引ける者は、自分が撃たれる覚悟のある者だけなのだ。他人のモノを盗むなら自分も盗まれてかまわないということの表明であり、他人を殺すなら自分が殺されてもしかたないという表明だと思っている。だからそういうゲームに参加しないためだけに、盗まない、殺さない、犯さないという表明を行う。それでも相手は「なんで殺しちゃいけないの?」「なんで盗んじゃいけないの?」「なんで犯しちゃいけないの?」と言いながら襲いかかってくる。それに対しては諦めじゃないけど、自己防衛しかない。そのために、強くなりたいと常々思う。
 
永山の場合、ただ単に銃を持ってしまったのが不幸だったのだ。銃は殺しのリスクが極端に少ない。丸腰の人間相手なら絶対有利だし、返り血を浴びることもなく、実感もおそらく薄い。刺殺や絞殺に比べると明らかにハードルが低い。結局、あの事件は「アメリカみたいな銃社会って怖いよね」程度の話でしかない気がする。手軽にみんなが銃を手にすれば、そりゃブッ放して当然だ。人間の精神なんてのは常にブレてて、照準が定まらない。そのブレた瞬間、トリガーを引くとリアル人生は大きく彎曲する。若い頃って照準のズレた人生が文学的でアーティスティックでカッコ良く見えることがあるけど、それってニコチン中毒になるってわかってるのにタバコを吸ったり、この女はヤバいってわかっていながら恋に落ちる感覚に似ているんだと思う。それをあえて軌道修正するなら、結局は「自分の楽な方」に引きずられないという困難な生き方を選ばなければらない。

◆懐かしの映画館 - 裸の十九歳
http://homepage2.nifty.com/e-tedukuri/hadaka19.htm
 
無限回廊 - 永山則夫連続射殺魔事件
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/nagayama.htm