犬惑星

『ゆるキャラ論』著者・犬山秋彦のブログ

マンバ考② シブヤの中心でアイを叫ぶ

BEATとはBE−AT、そこにいること、ときめいていることだ!
ジャック・ケルアック 放浪天使の歌』 スティーヴ・ターナー室矢憲治 訳

 
 実写版「美少女戦士セーラームーン」は社会不適応な少女の悲しき妄想劇といった趣で、鬼気迫るモノがある。トラウマ少女の闇を映しだすブラックな演出と、妙に生々しく痛みと狂おしさを倍増させるパンチラ。これはもはや、確信犯としか思えない。
 主人公はいつも黒猫のぬいぐるみを持ち歩いては語りかけ、電波のお告げによって自分がセーラー戦士であることに目覚める。そしてセーラー戦士はすべて半径数メートル圏内にいる同級生、あるいは憧れのアイドル。秘密基地はカラオケボックスで、お菓子は食べ放題、カラオケは歌い放題。おまけに冴えない少女たちが人知れず密室で髪を染めたり魔法少女モノのコスプレに興じ、正体不明の敵と戦い続ける。そして少女たちは「エナジー」という名の抽象的で目に見えないものを奪われ続け、やがて世界は破局を迎える……。 
 プロットをザックリ切り取れば、これはまるで80年代的な前世少女ブームと区別がつかない。*1
 
しかし見方を変えれば、この限りなく内向してゆく少女ユートピアは90年代には「デートクラブ」という形で実現していた気がする。お菓子を食べながらプレステやって、客からはマジックミラーで丸見えの部屋で女の子同士が交流する。カッコ良く言えば、『薔薇と退廃の日々』。そこで少女たちは「エナジー」ではなく性的な身体を捧げることでひとときの楽園を手にすることができたのかも知れない。 そんな少女の楽園願望がゼロ年代には都市伝説化してゆく。一緒にカラオケを歌うだけで一万円、部屋を掃除するだけで一万円、ご飯をつくってくれたら一万円…。やがてこの口承伝承は、リアルな形でバッドエンドを迎える。ジュニア世代の女のコがセンター街を歩いていると割のいいアルバイトを持ちかけらる。のこのこついてゆくとマンションの一室に監禁されて売春や臓器売買を強要されるという、あたかも「神隠し」の伝承をリピートし損ねたような事件がワイドショーによって報道された。*2
 
 実際、90年代からこの手のリスクは指摘されていた。強引に袋に詰められ男ふたりにバイクの座席にはさまれ山奥に連れ込まれてレイプされたあげく身ぐるみはがされて置き去りにされるとか、その類の実話がくさるほどあって、それが映画や小説のテーマになった。そんな中、ゼロ年代になってなぜ急に少女の監禁事件があれほど騒がれたのかといえば、相対的に見てセンター街に表層的な平和がおとずれたからではないのだろうか。それはもちろん≪繁華街をパトロールする自警団ガーディアンエンジェルス≫などのおかげではなく、価値観の多様化と過当競争の爛熟、不景気やテロの影響で人々は無感動になり、経済活動は滞り闇社会の流動も静まりつつあるせいだろう。なんせ歌舞伎町辺りのヤクザの主なシノギがカタギ相手の裏DVD販売だったりするのだから。
 
 もともとシブヤ系なんてのは幻想で、ビットバレーなんてのは本当に渋くて苦いだけだった。一時期、パルコのキャッチコピーに「シブヤは世界の中心」みたいなのがあったが、渋谷という街は実際には金のないコドモばかりが集まって、経済波及効果なんてほとんど期待できないという結論に、90年代が終わってようやく学者たちは気づいてしまったのだ。その時点で、何かが終わり、誰かが消えてしまったのだと思う。
 
 そこで渋谷の『第二章』がはじまった。大きな歴史で見れば、第何章になるんだかもはやわからない。そういえば『ビックカメラ』の2階にあるマクドナルドが急に90年代的な全面ホワイトとシルバーのチューブがうねったような上っ面ばかりののっぺらとした雰囲気に店内を改装した。他にも妙なレイアウトのカフェだかレストランだかわからないサイバーな感じの店が雨後のエスカルゴのように大量発生しつつある。時代に乗り遅れた何者かが、あわてて90年代を、あるいはバブル時代の輝きをリピートしているのか、10年サイクルの懐古趣味なのか理解に苦しむ。個人的には、そのチープさは好き。むしろ90年代には鉄条網に囲まれた生活をしていたので、そんな青春時代を取り戻せる気がして大歓迎ではあるが……
 
今の渋谷はテロの影響か、テレカ売りのイラク人が消えたくらいで、90年代以上に90年代的な風景に染まっている。HMVの一階も雰囲気がそんな感じだ。
 ここしばらく街から色気がなくなったと思っていたら、去年の冬くらいから若者のファッションがまた彩度を増してきた。それがマンバやセンターGUYたちだったのだと今になって気づく。ただその時は、本当に90年代の延長戦なのだとばかり思っていたのだけれど。

*1:かつて『月刊ムー』や『トワイライト』といったオカルト雑誌の投稿欄に、光の戦士たちがハルマゲドンに備えて仲間を探してますというような手紙が多数寄せられた。そして図らずも、日渡早紀の『ぼくの地球を守って』という前世をテーマにした少女コミックがそれを煽ってしまったという社会現象があったのだ

*2:2003年7月、渋谷に遊びに来ていた女子小学生4人が「部屋の掃除をしてくれたら1万円」というバイトに誘われ、そのままマンションに監禁された。少女の一人が脱走し110番通報を要請。警察がかけつけると少女3人は手錠でつながれ、別室では容疑者の男性が自殺していたという事件が発生した。ちなみに少女たちが監禁中に与えられたのはお菓子とジュースのみだった。「女児監禁事件」とか「プチエンジェル」で検索すると事件の経過がいくつかヒットする。食べ物を与えていた場合、監禁ではなく軟禁になるんじゃないかとも思うが、一般名詞として「女児監禁事件」が使用されているので、本文ではあえて監禁で統一してみた