犬惑星

『ゆるキャラ論』著者・犬山秋彦のブログ

月蝕歌劇団『家畜人ヤプー』

 20世紀末、第三次世界大戦が勃発。大戦は英国の圧勝に終わり、白人が全覇権を握る世界政府<イース帝国>を建国。白人絶対優位の思想がかかげられ、黒人は奴隷と化し、黄色人種は滅ぼされた。唯一滅亡をまぬがれた日本人は白人に奉仕するためだけの家畜<ヤプー>と呼ばれるようになる。 悠久の年月を経た40世紀の未来、白人種は宇宙へ移民し栄華の限りを誇っていた。そして、そこは糞尿によって洗礼を受け、オナニーマシーンや便器に奇形化されたヤプー達が徘徊する異次元世界でもあった……
 
家畜人ヤプー』――  作者*は表舞台にまったく姿をあらわすことがなかった。そのため実は三島由紀夫渋澤龍彦が書いているのではないかと噂され、あまりに過激な内容と政治的意図からSM誌掲載の後、しばらくは書籍化すらされなかった。そんないわくありげな戦後最大の奇書を、<暗黒の宝塚>との異名をもつ『月蝕歌劇団』が見事に初の舞台化。その千秋楽へ行ってきた。
 
 大塚駅より徒歩数分のさびれた商店街のド真ん中にある小劇場には、平日昼間だというのに意外にも列ができていた。その最後尾に並んでチケットを買う。A席・B席に別れていてA席は椅子、B席は直接地面に座る桟敷席(?)になっている。
 長く暗い階段を延々と降りてゆき、劇場に一歩足を踏み入れるといきなり亀甲縛りされたセーラー服の少女達がイモ虫のように転がっている。しかもパンティ丸見え。時折あえいだり白目をむいたり寝返りをうったりして、周囲に悪意と違和感を振りまいている。みんな必ず一度はギョッとして彼女達を避け、なにごともなかったかのように見ないふりして隣に坐る。
 
 ステージにライトがあたり、唐突に開演。
 放尿あり、剣戟ありの目まぐるしく展開するストーリー。実際に観客にまで尿は飛び散るわ、花道でいきなり血を噴き上げるわ、蝋燭のロウを垂らすわで、凄まじいことこの上ない。事前にビニールシートを渡されるのだが、花道のド真ん中で前触れもなく胸から大量出血、おまけに大暴れして口から撒き散らすので周辺の観客はアタマからモロに浴びてしまい、まったく防水の意味がない。
 だが、それ以上に圧巻なのは、少女達が繰り広げる特撮ヒーローもどきのダンスである。時間の静止したような漆黒の闇の中、灯されるルミネライトとマッチの燐光。その明かりが弧を描くように舞い、少女の肢体を照らし出す。マッチ一本ぶんの時間、舞い続け、燃え尽きると同時に闇は静寂を取り戻す。さらに間髪おかず別方向から光が灯り、それが連鎖のように劇場のいたるところで繰り広げられる。マッチを擦るときに放たれる化学物質の甘い香りに劇場が満たされ、J.A.シーザー特有の、心拍数と焦燥感を鼓舞するような楽曲が大音響で流れ出す。歌声のボリュームがMAXに達したとき、舞台は急展開を迎えるといった趣向だ。
 
 ちまたの評価は聞いていた。劇場に足を運ぶまえからその世界観には痺れていた。しかし、やはり心のどこかでは舐めきってもいた。所詮、女の子のお遊戯だろ? ごく少数のサブカル少年やアイドルオタクを相手にした営利目的の商売なんだろ? みたいに思っていた。そんな偏見はまったく正反対だった。偏執狂的なまでに隙間を埋め尽くす、空間恐怖的な舞台演出。計算し尽くされた闇と光のコントラストは人間の原始的な欲望を呼び覚ます。舞台ならではのタイムリーな時事ネタも絶妙の間で炸裂。
 
 社会に虐げられたサブカル少年少女たちが寄り集まって傷を舐めあうといった、暗黒文化にとって宿命であり致命的でもある病理を孕みつつも、『月蝕歌劇団』の持つ圧倒的な負のパワーに敗北感すらおぼえた。一見の価値ありとリスペクトしたいところだが、すでに舞台は終了してしまった。海外公演があるようなので、金とヒマの有り余ってるヤツは是非ゆくべきだろう。
 
月蝕歌劇団
http://page.freett.com/gessyoku/